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奥田

【読み】おくだ,おくた
【ローマ字】
【全国順位】 213位
【全国人数】 およそ98,900人

由来解説

清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏足利流の織田家などを輩出した現愛知県である尾張の有名氏族。
②ほか中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。
中臣氏(太古以来の大族。天児屋根命が始祖。主として神事、祭事を司る)。
など様々な流派がみられる。
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最終更新:2026/06/24 07:09:24  最終更新者:匿名


奥田さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
大阪府 およそ17,300人
東京都 およそ6,800人
京都府 およそ6,700人
愛知県 およそ6,600人
兵庫県 およそ6,500人
市区町村人数
大阪府東大阪市 およそ1,600人
三重県津市 およそ1,400人
奈良県奈良市 およそ1,200人
滋賀県甲賀市 およそ930人
大阪府高槻市 およそ920人

奥田さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
奈良県 0.36773%
鳥取県 0.31489%
京都府 0.27615%
岐阜県 0.24246%
三重県 0.23981%
市区町村比率
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奥田さん有名人アクセスランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
奥田 みわ 1982年 2月 13日 芸能人
奥田 いろは 2005年 8月 20日 芸能人 乃木坂46 5期生
奥田 之美 1846年 12月 29日 歴史 堀之美、越後椎谷藩13代藩主、椎谷堀家16代
奥田 良三 1903年 6月 12日 音楽家 テノール歌手
奥田 知志 1963年 7月 15日 その他 牧師(バプテスト)
奥田 愛基 1992年 6月 24日 その他 市民活動家
奥田 敬和 1927年 11月 26日 政治家 運輸大臣、衆議院議員、石川県議会議員
奥田 亜希子 1983年 10月 13日 文学者 小説家
奥田 雄大 1997年 5月 1日 スポーツ選手 奈良クラブ所属
奥田 元宋 1912年 6月 7日 芸術家 日本画家
※上記は直近一週間のアクセス数Top10です。すべての奥田さん有名人は以下から確認できます。

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奥田さん みんなの名字の由来
奥田堀家(奥田家)

尾張中島郡奥田庄にて、奥田直純の子として生まれ、従弟の堀秀政の家老となり、堀姓を与えられた堀直政(奥田直政)の家。

直政の子孫は、宗家及び直政嫡流の断絶後も庶流が村松藩・椎谷藩・須坂藩として幕末まで存続、明治10年(1877年)旧3藩主家は奥田姓に復姓し、明治17年(1884年)の華族令に伴って3家共に子爵に叙された。

村松藩
堀直政は主君・堀秀政の没後は嫡男・堀秀治に仕える。上杉景勝に代わり秀治が越後へ移された際、甘粕景持に替って三条城の城主となる。

直政の長男・直清は父から受け継いだ三条5万石の城主となり、堀家の執政職となる。ところが慶長15年(1610年)、昨年に幼君忠俊に訴えて追放した弟・直寄(堀直政の次男)が徳川家康に訴えたため直清は改易され、越後福島藩主で秀治の嫡男・堀忠俊も磐城平藩・鳥居忠政へお預けとなった。しかし、直寄自身も1万石減封で信濃飯山藩4万石に転封された(越後福嶋騒動)。

その後堀直寄は、長岡8万石から村上10万石(実高17万石とも)に転封となり、さらに3万石を加増される。加増分は直寄の次男・直時が分与され安田藩を立てる。村上藩は、直寄の長男・直次が寛永15年(1638年)に父に先立って死去した。翌年には父・直寄も亡くなり直次の長男でわずか4歳の直定が跡を継ぐことになったが、寛永19年(1642年)に夭折し、村上藩堀家(直政系嫡流)は断絶した。

堀直時は本家の村上藩が断絶・所領召し上げとなった後も、安田藩3万石の領有を認められた。本家の遺臣らにより村上の遺領相続を願い出たが、幕府からは認められなかった。 寛永21年(1644年)5月、直時の子・堀直吉の時代に領地替えと城主格への昇進が行なわれて、安田陣屋から村松城に移したことから、正式な村松藩が始まった。

椎谷藩
元和2年(1616年)7月、堀直政の四男(一説には三男)・堀直之は大坂の陣による軍功が認められて、越後国沼垂郡に5500石を与えられ、椎谷に陣屋を置いた。直之の跡を継いだ堀直景の時代、関東の地に1万石を与えられ、大名となった。

元禄11年(1698年)、第4代当主・堀直宥が越後の沼垂・三島・蒲原三郡内において1万石を領し、椎谷に居住したのが正式な椎谷藩の始まりである。

須坂藩
堀直政の五男(一説には四男)・堀直重は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで東軍に与して軍功を挙げたことにより、下総矢作に2000石と信濃須坂に6000石の所領を与えられた。慶長19年(1614年)からの大坂の陣でも徳川方として参戦し、功績を挙げて高井郡内に4000石加増された。この加増年に関しては、元和元年(1615年)説と元和2年(1616年)説がある。

当初は1万2000石で立藩したが、第2代堀直升は下総国矢作2000石のうち、1000石を次弟の堀直昭に、三弟と末弟にそれぞれ500石を分知したため、須坂藩は1万石となった。


村松藩主家、椎谷藩主家、須坂藩主家、いずれも明治維新まで続き、維新後には堀から奥田に復姓した。維新後3家とも華族に列し、華族令施行後には旧小藩知事(村松藩の現米は2万690石、椎谷藩の現米は4390石、須坂藩の現米は4330石で、いずれも現米5万石未満の小藩)として子爵家に列した。村松奥田子爵家の邸宅は東京市杉並区西高井戸、椎谷奥田子爵家の邸宅は京都市左京区下鴨松原町、須坂奥田子爵家の邸宅は東京市杉並区下高井戸にあった。

【投稿日】2026/06/12 22:11:21
【投稿者】匿名さん
【歴史読本】昭和62年10月号╱新人物往来社によると、清和源氏満政流で、満政の曾孫重宗の子重実の後裔、重宗の子の重遠が尾張浦野に住して「浦野氏」を名乗る。その浦野氏の分流に清和源氏(奥田氏)がある。
【投稿日】2022/11/30 08:19:56
【投稿者】てっちゃんさん
みんなの名字の由来 投稿
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奥田さん みんなの家紋のはなし
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