井出
【読み】いで,いいで
【ローマ字】
【全国順位】
548位
【全国人数】
およそ35,000人
由来解説
②井出首(秦氏)。
③中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。藤原南家工藤氏流。
④越智氏(物部氏の子孫)
などにもみられる。
現長野県である信濃、現静岡県である駿河地方に多くみられる。
現在の長野県の井出は、静岡県の身延から信濃へ渡った井出で、その昔は武田信玄の時代に、武田に仕え、山本勘兵衛のもとで土木関係に力を発揮し、武田の金鉱探しに力を発揮すると言う土木集団で知られていた。
苗字に関するエピソードもある。主にオランダのアムステルダムの干拓埋め立て工事が有名であるが、これには武田の信玄堤(堤防工事)の工法が持ち入れられ、そのため日本から遠征し、そのままオランダに骨を埋めた流れで現在日本人を先祖にもつIDEさんという方たちが現存しており、自分がヨーロッパやアメリカを歩いたとき名前の読みをアイディーでなくIDEをイデと読まれ驚いた事があったという。
土木に秀でた家系には、中巨鎌足が天智天皇から賜ったことに始まり藤原氏より派生し井出右大臣を排出し、皇室の要職者も多く排出している。
そして、天智天皇から静岡県身延山に身延山新勝寺を開山するため指しむかられ、現在まで身延山の檀家総代の家系が井出さんである、そこから二手に分かれ、いっては長野に北上し信濃で武田の家臣団に加わり、武田の土木に力を注ぎ、武田の軍事道路の棒道の維持管理の為に配置されたため、山梨県甲府市から長野県佐久市をへて長野の川中島までに現在でも井出姓は多くみられる。
また身延山の静岡側には、奈良県から最初に渡来したときは、身延の西に井出村という地名がありここが東日本での最初の定着地であろうと言う説がある。そして身延山の開山の後、山梨県の大石寺造営の為もう一派が現在の富士市に移り、その家ノ前に三島の下馬桜が有名である。またその後、天命により富士吉田市(河口湖)に富士講の為、現在の富士吉田登山口(道)の維持管理を目的として遣わされたことから、山梨に井出が多いとされている。
現在東京等では、山梨系と長野系を起源とする井出姓を確認することが出来る。
最終更新:2026/04/18 01:32:36 最終更新者:匿名
「連濁(れんだく)」について






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