細川

【読み】ほそかわ,ほそがわ
【ローマ字】
【全国順位】 290位
【全国人数】 およそ72,800人


由来解説

徳川家などを輩出した現愛知県東部である三河国額田細川郷が起源(ルーツ)である、清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏足利氏流がある。細川江戸時代の大名家のひとつ家はこの子孫。
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最終更新:2026/06/25 07:40:08  最終更新者:匿名


細川さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
大阪府 およそ7,100人
東京都 およそ6,100人
北海道 およそ6,000人
兵庫県 およそ4,100人
神奈川県 およそ3,900人
市区町村人数
香川県三豊市 およそ720人
香川県高松市 およそ670人
岩手県盛岡市 およそ630人
香川県観音寺市 およそ620人
高知県高知市 およそ560人

細川さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
香川県 0.36643%
岩手県 0.24691%
高知県 0.23386%
石川県 0.1571%
徳島県 0.15684%
市区町村比率
高知県長岡郡本山町 3.198%
岩手県岩手郡雫石町 2.938%
高知県安芸郡奈半利町 2.272%
宮城県黒川郡大衡村 2.21%
青森県東津軽郡平内町 2.044%
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細川さん有名人ランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
細川 直美 1974年 6月 18日 芸能人 俳優 本名・葛山知保 夫は俳優の葛山信吾
細川 宗孝 1716年 6月 16日 歴史 肥後熊本藩5代藩主、熊本藩細川家6代
細川 興民 1806年 3月 30日 歴史 榊原政礼、常陸谷田部藩世嗣、谷田部細川興祥養子
細川 貴志 1950年 6月 15日 芸能人 細川たかし
細川 藤孝 1534年 6月 3日 文学者 戦国〜江戸初期の武将、戦国大名、歌人、細川幽斎
細川 治年 1758年 5月 31日 歴史 肥後熊本藩7代藩主、熊本藩細川家8代
細川 愛実 1984年 8月 8日 芸能人 橋本マナミ
細川 典江 1971年 9月 2日 芸能人 細川ふみえ
細川 氏之 1516年 歴史 戦国武将、阿波国守護、細川阿波守護家9代当主
細川 昌彦 1955年 1月 20日 その他 東大卒→経済産業省→明星大学教授→,25/12/18内閣官房参与(経済産業)就任
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戦国武将・大名の家紋


五三桐

五三鬼桐

細川桜

丸の内に二つ引き

九曜

陰九曜

細川九曜
細川さん みんなの名字の由来
細川刑部家(ほそかわぎょうぶけ)は、清和源氏細川氏庶流にあたる武家・士族・華族。

細川忠興の五男細川興孝を祖とし、江戸時代には長岡を称して熊本藩の一門家臣となり、維新後には細川に復姓し士族を経て華族の男爵家に列した。

熊本藩主細川忠興の五男細川興孝は、一家を起こして熊本藩の一門家臣となり、当初は2万5000石、後に肥後国二丸1万石を領した。

寛文4年(1664年)に孫の興知が長岡と改姓。刑部家が熊本郊外の子飼に設けた下屋敷(旧細川刑部邸)は県の重要文化財に指定され、現在は熊本城三の丸に移築・公開されている。

明治3年に当時の当主興昌が細川姓に復姓した。その子興増は西南戦争で旧熊本藩士が西郷軍に協力しないよう尽力。日清戦争でも戦功を挙げた。

維新後には細川刑部家は当初士族に列していたが、明治17年(1884年)に華族が五爵制になった際に定められた『叙爵内規』の前の案である『爵位発行順序』所収『華族令』案の内規(明治11年・12年ごろ作成)や『授爵規則』(明治12年以降16年ごろ作成)では旧万石以上陪臣が男爵に含まれており、同家も男爵候補に挙げられているが、最終的な『叙爵内規』では旧万石以上陪臣は授爵対象外となったためこの時点では同家は士族のままだった。

明治15年・16年ごろ作成と思われる『三条家文書』所収『旧藩壱万石以上家臣家産・職業・貧富取調書』は、細川興増について旧禄高を1万石、所有財産は金禄公債6250円、田畑徳米786石5升1合、貸付金利歳入2250円余、合歳入金8790円余、職業は権少数正、貧富景況は相応と記されている。

その後、宗家の細川護久侯爵や細川刑部家の旧臣、熊本県知事松平正直などから同家の旧熊本藩における家格や西南戦争の勲功をもって華族編列の授爵があるよう請願が行われた。西南戦争における勲功が認められる形で、明治30年10月27日付けで興増は華族の男爵に叙せられた。

3代男爵孝典の代に細川刑部男爵家の住居は東京市世田谷区経堂町にあった。
【投稿日】2026/06/03 11:50:37
【投稿者】匿名さん
細川内膳家(ほそかわないぜんけ)は、清和源氏細川氏庶流、武家・士族・華族。

細川忠興の長男忠隆を祖とし、江戸時代には長岡を称して熊本藩の一門家臣となり、維新後には細川に復姓し士族を経て華族の男爵家に列した。

細川忠興の長男忠隆の子孫。

忠隆は関ヶ原の戦いの際、死を選んだ母ガラシャを見捨てて脱出した妻の千世を擁護したため、怒った父忠興に追放されて出家、長岡休無と称して京都に住んだので家督を継げなかった経緯あった。

その子の長岡忠恒・忠春は、休無の死後に藩主細川光尚から肥後熊本に招かれ、熊本藩一門家臣長岡内膳家となった。熊本藩では一門首座の地位、6000石を知行した。

幕末維新期の当主長岡忠顕は、戊辰戦争や西南戦争で戦功を挙げた。明治4年(1871年)には細川姓に復し、細川忠顕となった。

維新後当初は士族であったが、細川忠穀の代の明治15年11月20日に旧主家の細川護久侯爵が細川忠穀と細川興増(細川刑部家)の華族編列の請願書を提出。

しかし政府は、両細川家について特に西南戦争における勲功が多い家であるものの、それは旧佐賀藩一門・家老だった鍋島・諫早諸家も同じであるから結局「容易に御沙汰に及ばれざる方然るべき哉」としてこの段階では不許可とした。『授爵録』(明治二十一年~二十二年)によれば、明治21年にも前回と同じく細川護久侯爵が細川忠穀と細川興増の授爵請願を申請していることが確認できるが、やはり不許可となっている。『授爵録』(明治三十一年)によると、明治26年に、またしても細川護久侯爵が「細川忠穀細川興増族籍之義二付願」を提出している。その中で、熊本藩の支藩藩主だった茂木細川家と宇土細川家を「末家」と称し、こちらは子爵を授けられているにもかかわらず、「一門」だったこの両細川家は士族にとどまっている点、また熊本藩の家老だった米田家、松井家にも男爵授爵があった点を指摘、両細川家にも授爵があるよう請願したが、この時点でも不許可になっている。

明治30年10月27日に至って、叙爵請願でセットで扱われてきた細川刑部家の興増が一足早く華族の男爵に叙せられた。忠穀も華族の地位を欲し、授爵請願運動を継続した。『授爵録』(明治三十一年)によれば、明治31年2月10日付けの当局の審査書類「華族編列ノ請願及詮議件伺」に伊達基寧、浅野忠、種子島守時、渡辺半蔵とともに細川忠穀の名前も挙がっている。

しかし、先代忠顕に幕末維新や西南戦争における勲功はあるものの、旧禄が6000石であり1万石なかったことから却下されている。

一度は宮内省爵位局において詮議の対象外とされながら、『授爵録』(明治三十三年ノ一年)によれば、明治33年3月5日付けで熊本県知事徳久恒範が爵位局長代理で皇后宮大夫の香川敬三に宛てて忠穀の叙爵を申請し、同家の幕末維新や西南戦争における勲功を列挙した。

この際の宮内省の審議により旧万石以下陪臣とはいえ、授爵に値する勲功を挙げた家と認められて、明治33年5月9日付けを以て、華族の男爵家に列せられた。

忠穀(1852年8月22日-1905年8月2日)以降は忠雄(1875年12月27日-1936年6月5日)、忠督(1902年8月28日-1994年2月20日)と続いた。

3代男爵忠督の代の昭和前期に細川内膳男爵家の住居は神奈川県鎌倉町長谷原ノ台にあった。

忠督の跡は長男忠幸(1925年7月29日-1970年11月12日)を経て、その長男和彦(1952年5月生)が現当主である。

【投稿日】2026/06/03 11:48:49
【投稿者】匿名さん
聖徳太子一族で天武天皇の子孫の田中氏が開墾地につけた地名をそこに住んだ子孫や家臣などの関係者が名乗りました。 田中氏一族は孝謙天皇の命令で奈良時代から全国各地に赴任し、日本の大半を開墾して先祖の字や縁組み相手の先祖の字を組み合わせて地名をつけました。田中は奈良時代に愛知も開墾しています。 田中の先祖孝霊天皇妃の細媛命の細と先祖の蘇我石川宿禰の川を組み合わせた地名です。 細は糸と田にも分解でき、田中が娘婿にした藤原乙叡の父が継縄で糸がつき、田中の田と組み合わせると細です。田中の娘夫婦のための土地につけた地名だと思います。 乙叡に田中と藤原魚名の娘との娘名子と、田中と坂上(先祖に葛井氏がいる)との娘のふたりを嫁がせていますが、糸魚川と糸井の地名も作っていることから、継縄を示す字として糸を使っています。 田中は子孫をたくさんの天皇に嫁がせ源平や清原氏になっています。次々と先祖地に子孫が赴任し現地の身内と縁組みし地名を名乗ったと思います。江戸時代の南海トラフ被災では愛知伊勢静岡四国にいた田中子孫は田中総本家別邸のある秋田へ避難して来ましたが、細川小西内藤は一緒に避難して来て同じ地区にまとめられています。
【投稿日】2025/06/27 08:20:22
【投稿者】妹子と天武天皇と坂上と鎌足の子孫・小町さん
清和源氏足利氏族の家紋【二引両】(釜ふた)普通の二引両より線が太い。
細川
【投稿日】2023/04/30 18:36:59
【投稿者】手島さん
家の家紋は丸に柏です父方のおじいちゃんは富山県西和巳村ばあちゃんは山形米沢です
【投稿日】2021/03/12 13:44:58
【投稿者】番手捲りさん
うちの親戚の細川は家紋が桜と言っていたので細川桜だと思います。
【投稿日】2020/11/04 13:10:32
【投稿者】KRKさん
現在千葉県市原市ですおじいちゃんが富山県出身です墓は北海道岩見沢市ですばあちゃんは山形県米沢です
【投稿日】2019/02/06 20:19:18
【投稿者】番手捲りさん
富山県
【投稿日】2015/12/29 17:31:38
【投稿者】hosorinさん
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細川さん みんなの家紋のはなし


丸に七宝花菱
【都道府県】東京都

6/4に投稿された家紋の写真は、
「丸に七宝花菱」または
「丸に七宝花角」
だと思われますが、花菱の描き方が独特で、名称の特定は難しいですね。

【投稿日】2017/09/15 11:05:45 【投稿者】ちば子さん

丸に 反り むくみ 花菱
【都道府県】東京都

知り合いに家紋の名称を聞かれましたが、見たことがありません。 これは何という家紋でしょうか?

【投稿日】2017/06/04 19:08:18 【投稿者】細川さん

 

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