金森
【読み】かなもり,かねもり
【全国順位】
704位
【全国人数】
およそ27,100人
由来解説
金森さんの多い地域 TOP5
| 都道府県 | 人数 |
|---|---|
| 東京都 | およそ2,700人 |
| 岐阜県 | およそ2,500人 |
| 愛知県 | およそ2,500人 |
| 大阪府 | およそ1,900人 |
| 富山県 | およそ1,400人 |
| 市区町村 | 人数 |
|---|---|
| 富山県高岡市 | およそ700人 |
| 岐阜県安八郡安八町 | およそ630人 |
| 岐阜県大垣市 | およそ620人 |
| 三重県桑名市 | およそ520人 |
| 静岡県富士宮市 | およそ400人 |
金森さんの比率が多い地域 TOP5
| 都道府県 | 比率 |
|---|---|
| 富山県 | 0.13592% |
| 岐阜県 | 0.12961% |
| 島根県 | 0.09327% |
| 三重県 | 0.06835% |
| 福井県 | 0.05365% |
| 市区町村 | 比率 |
|---|---|
| 岐阜県安八郡安八町 | 4.239% |
| 岐阜県加茂郡坂祝町 | 1.178% |
| 岐阜県安八郡輪之内町 | 1.138% |
| 北海道雨竜郡秩父別町 | 1.102% |
| 東京都大島町 | 0.934% |
金森さん有名人アクセスランキング TOP10
| 名前 | 生年月日 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 金森 九郎 | 1907年 5月 26日 | 経営者 | 実業家(富士製鉄元常務取締役) |
| 金森 重勝 | 1600年 | 歴史 | 旗本、金森左京家初代、高山藩家老、高山金森可重五男 |
| 金森 長近 | 1524年 | 歴史 | 戦国〜江戸初期の武将、飛騨高山藩初代藩主 |
| 金森 次郎 | 1889年 10月 31日 | 経営者 | 実業家(東京光学機械元社長) |
| 金森 重頼 | 1596年 | 歴史 | 飛騨高山藩3代藩主 |
| 金森 栄治 | 1957年 1月 24日 | スポーツ選手 | 元プロ野球選手 |
| 金森 太郎 | 1888年 6月 16日 | その他 | 農商務、内務官僚 |
| 金森 頼旹 | 1669年 | 歴史 | 側用人、飛騨高山藩6代、出羽上山藩主、美濃郡上藩主、能書家 |
| 金森 長光 | 1605年 | 歴史 | 美濃上有知藩2代藩主 |
| 金森 近供 | 1653年 | 歴史 | 飛騨高原郷金森左京家3代、金森直頼次男 |
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| 金森さん みんなの名字の由来 |
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美濃国の清和源氏流土岐氏当主の土岐成頼の子・定頼が領地を美濃国山県郡大桑(現岐阜県山県市大桑)に持ったことから大桑氏を称す。 後に船田合戦の功によって領を美濃土岐郡大畑(現在の岐阜県多治見市大畑町)に移した事により、大畑氏を称した。 定頼の子の大畑定近は、近江国の金森村(現滋賀県守山市金森)に居を移し、金森姓を称したという伝承がある。 戦国時代の当主・金森長近(定近の子)は、織田信長に仕え斎藤氏攻略戦、長篠の戦いなどで活躍。越前国攻略に功があり、天正3年(1575年)越前大野のうち3分の2(越前大野と石徹白地区)を信長から拝領し大名となった。 越前を拠点としたため、一時は柴田勝家の与力となるが、勝家が滅ぼされた後は羽柴秀吉に従った。 同天正3年(1575年)長近が織田家に人質として来た頃から面倒を見ていた、長屋喜蔵(美濃の板取長屋氏(長江氏支流)の長屋将監景重の子)を養子として迎え、郡上八幡城主遠藤慶隆の娘室町殿を妻に迎えた。 二人の間に生まれた子が、後に茶道宗和流の祖となる金森宗和である。 天正10年(1582年)2月、信長から兵部大輔を拝命し、そして同年正四位下兵部卿となった。 天正13年(1585年)に飛騨国攻略を命ぜられ、越前大野は取り上げられた。翌年、飛騨国主として任ぜられ、高山城を築いた。 慶長5年(1600年)に行われた関ヶ原の戦いでは、東軍の徳川家康方に付き、戦後高山藩主となった。また、家康から美濃の上有知藩と河内国金田(堺市北区金岡町)を拝領した。 飛騨の管理は養子の可重に任せ、自身は上有知に小倉山城を構えて住居した。 慶長13年(1608年)に長近が死去すると、長近が美濃の板取長屋氏(長江氏支流)から養子として迎えた可重が跡目を相続した。 長近の実子の長光は、長近なき後、上有知藩と金田の領主となったが、慶長16年(1611年)に7歳で夭逝、上有知藩は江戸幕府に没収。 元和元年(1615年)閏6月に可重が謎の死を遂げると、跡目は重頼が継いだ。重頼は長近の子の伊東治明の子で、源氏の血の入れ替えが行われたという。 飛騨国金森藩は、その後、頼直 - 頼業 - 頼旹と108年続いたが、頼旹の時代の元禄5年(1692年)に突如飛騨一国を没収、出羽上山藩に移封となり、また3年後、美濃の郡上八幡藩に再移封された(石高自体はほぼ同じ)。 宝暦8年(1758年)、藩主・頼錦は幕府に藩政の不始末(百姓一揆の多発(郡上一揆)、神社権限をめぐる石徹白騒動など)を咎められ、金森家は改易処分。 頼錦の子たちも連座したが、明和3年(1766年)赦免され、 六男の頼興が天明8年(1788年)に1,500俵で名跡を継ぎ、子孫は旗本寄合席として存続した。 また重頼の弟の重勝が分家・金森左京家を高山藩内に興しており、本家改易後は越前国に移され、3,000石の旗本・交代寄合表御礼衆として存続した。 幕末から明治期の当主金森近明は、慶応4年(1868年)5月に朝廷に早期帰順して本領を安堵されて朝臣、中大夫席に列した。明治2年に中大夫以下の称が廃されるに及んで士族に編入。 明治17年(1884年)に施行された華族令で華族が五爵制になった際に定められた『叙爵内規』の前の案である『華族令』案や『叙爵規則』案では元交代寄合諸家が男爵に含まれており、金森家も男爵家の候補として挙げられていたが、最終的な『叙爵内規』では対象外となったため、結局金森家は士族のままだった。 |
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【投稿日】2026/01/12 19:53:22 【投稿者】匿名さん |
| 織田信長配下の戦国武将:金森長近の流れを汲む方もいらっしゃいます。 |
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【投稿日】2019/06/05 12:03:17 【投稿者】ノリさん |
| みんなの名字の由来 投稿 |
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|---|---|
![]() 九曜 |
【都道府県】東京都 一番古い墓のご先祖様が元禄5年となっています。 私で18代目。 牛込(現在の新宿区)市ヶ谷の寺の住職によると 墓の形はお武家さんのものだとのこと。
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| 【投稿日】2022/02/06 15:51:47 【投稿者】18代目さん | |
| 金森さん名字伝言板 |
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【語られているテーマ】名字について情報がほしいです 【限定地域】なし(全国OK) 【語りたい名字または名前】金森さん ※名字情報ある方のみ ※同じ名字の方のみ ※違う名字の方大歓迎 ※同じ県の方大歓迎 金森家のご先祖について 続きはこちら |
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投稿者:金森さん 最新投稿日時:2019/08/02 07:33:34
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※名字の推計人数は四捨五入して掲載しているため、各都道府県の合計人数と全国人数は一致しない場合があります。また、推計人数が少ない名字につきましては、一律「およそ10人」としています。
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