【みんなの家系図】日本唯一のつながる家系図作成サイト!
【戦国村を作ろう3】稲を刈って戦国時代に自分だけの村を作り天下統一を目指そう!
2026年上半期名字トレンドアクセスランキングベスト100を発表!

千坂

【読み】ちさか,ちざか,ちよざか,せんさか,せんざか
【ローマ字】
【全国順位】 4,201位
【全国人数】 およそ2,700人

由来解説

新潟県である越後国沼垂郡の豪族、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)良門流上杉氏族。米沢藩にみられる。 「坂」は坂の地形を表す。

最終更新:2026/05/22 11:27:55  最終更新者:匿名


千坂さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
宮城県 およそ1,100人
京都府 およそ240人
北海道 およそ220人
東京都 およそ210人
神奈川県 およそ190人
市区町村人数
宮城県黒川郡大和町 およそ240人
宮城県大崎市 およそ220人
京都府舞鶴市 およそ160人
宮城県黒川郡大郷町 およそ110人
宮城県宮城郡松島町 およそ70人

千坂さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
宮城県 0.04959%
京都府 0.01002%
福井県 0.00501%
北海道 0.00429%
宮崎県 0.0034%
市区町村比率
宮城県黒川郡大郷町 1.406%
宮城県黒川郡大和町 0.866%
宮城県黒川郡大衡村 0.576%
宮城県宮城郡松島町 0.522%
福井県大飯郡高浜町 0.383%
※詳細は地図またはリンクをクリック

千坂さん有名人アクセスランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
千坂 景親 1536年 5月 22日 歴史 戦国〜江戸初期の武士、上杉氏重臣
千坂 恭二 1950年 3月 18日 文学者 評論家、思想家
千坂 高雅 1841年 3月 11日 歴史 米沢藩士、実業家、陸軍軍人(中佐)、貴族院議員
千坂 高治 1595年 6月 30日 歴史 江戸初期の米沢藩江戸家老
千坂 光子 1863年 歴史 貴族院議員千坂高雅長女
千坂 興親 1726年 8月 22日 歴史 江戸中期の米沢藩重臣千坂氏当主
千坂 興高 歴史 江戸後期の米沢藩の江戸家老・奉行
千坂 信高 歴史 犬懸上杉家上総守護代、越後上杉家重臣
千坂 高房 1639年 10月 12日 歴史 江戸前期の武士、米沢藩上杉家江戸家老
千坂 景長 歴史 戦国時代の越後の武将
※上記は直近一週間のアクセス数Top10です。すべての千坂さん有名人は以下から確認できます。

※ランキングや人数、読み、解説などの名字データをご利用される場合は、「参考資料 名字由来net」「名字由来netより引用」「出典 名字由来net」などと記載、そしてURLへリンクしていただき、自由にご活用ください。
※引用元の記載なく無断での商用利用(ニュースサイト,Youtubeなどの動画,まとめサイトなど含みます)は利用規約に反するため、問い合わせ窓口にご連絡頂くか、又は「参考文献 名字由来net」のクレジット表記とURLリンクのご協力をよろしくお願いいたします。

千坂さん みんなの名字の由来
千坂氏(ちさかし、ちざかし)は、上杉氏重臣で四家老家の一つ。江戸時代の家格は侍組分領家。

上杉家の伝承では千坂氏を同族と見ていた。

一方、千坂家では「千坂ありて、上杉あり、上杉ありて、千坂あり。」という家伝が伝承されており、両家には上杉氏発祥まで遡る古い由緒があるのかもしれない。

上杉家系図に千坂氏が記載されている箇所がある。 『上杉家系図・上杉朝房の項に「家人千坂子(二歳)」の名が記載。』。

『上杉朝房の父上杉憲藤の討死(1338年、足利尊氏方として北畠顕家と摂津渡辺の戦いで討死)の時に、家人石川覚道が、憲藤の息子2人【幸松四歳(上杉朝房)、幸若二歳(上杉朝宗)】と共に家人千坂の子二歳と和久の子四歳を一緒に保護し、ともに鎌倉で成人したという記載。』

家人千坂が上杉憲藤と共に討死したのか、1338年の時点で千坂氏が存在していたことになる。

千坂氏が上杉氏に仕えた由緒は不詳だが、鎌倉時代後半ごろには上杉氏と行動を共にしていた。

千坂氏の系譜については、上杉謙信の父長尾為景に仕えた千坂景長から後は明確だが、景長以前については、「藤嗣流」(藤原房前―藤原魚名―藤原鷲取―藤原藤嗣の流れで平安時代末期ごろの藤原親光が千坂始号となり、そこから千坂景長につながる系譜)と「上杉流」(前記上杉朝宗に庶子がいて、その子を千坂始号とし、そこから千坂景長につながる系譜)の二説が伝えられている。。

ただし「上杉流」は上杉朝宗庶子(上杉系図には名前がない)を千坂始号とするが、前述の通り上杉朝宗の父上杉憲藤の代に既に千坂氏がいることを記している上杉系図と矛盾がある。

14世紀末から、千坂氏は犬懸上杉氏重臣として、上杉朝宗の下で武蔵守護代、上総守護代を務めた後、上杉禅秀の乱で上杉氏憲と行動を伴にした。

1417年の上杉禅秀の乱による犬懸上杉氏滅亡後の動向は不詳だが、11年後(1428年)から越後守護上杉房定・上杉房能の下での越後統治に関する記録に千坂氏の名前が見えるようになる。

15世紀後半には「上杉方被官、長尾、石川、斎藤、千坂、平子、この五人古臣なり」と伝えられ、関東・越後を統治する上杉氏古臣という評価を得ていた。 

16世紀に入ると、越後守護代長尾為景が、越後守護上杉氏に代わって越後を統治するようになるが、永正18年( 1521年) 長尾為景の一向宗禁止令(禁無碍光衆)重臣連署契状に長尾一族と共に千坂景長が署名、このころには長尾為景の越後統治に協力していた。 

ただし、千坂景長は上杉家御年譜の系譜に「本国関東ニテ」と記載されているので、越後で上杉家に仕えていた千坂氏直系かどうかはわからない。

16世紀半ばに、上杉謙信が上杉の名跡を継いだ後は、千坂景親(対馬守)が謙信の重臣となった。

謙信の没後は、上杉景勝に仕える。主家の会津移封後は陸奥国大沼郡に5500石を受領。関ヶ原の戦いの戦後処理で徳川氏との折衝役を務め、その後、米沢藩の初代江戸家老となった。

江戸時代は米沢藩の侍組分領家に列して藩重職を務め、赤穂事件(忠臣蔵)の話題で有名になった江戸家老・高房(経緯の詳細は「千坂高房」と「千坂高雅」を参照)や、七家騒動で上杉治憲に竹俣当綱や莅戸善政らの免職を要求して隠居閉門に追いこまれた千坂高敦、戊辰戦争の際の米沢藩司令官であり、明治時代の貴族院議員の高雅らが著名である。

江戸時代の系図は「米沢藩#分領家(14戸)」を参照。

千坂氏には那須氏と縁続きという伝承があったようで、江戸時代(享保4年(1719年)に千坂家が建立した那須与一と千坂景親の供養塔が米沢に存在する。
【投稿日】2026/05/23 13:19:58
【投稿者】匿名さん
みんなの名字の由来 投稿
「みんなの名字の由来」に書きこむには、ログインが必要です。
 
千坂さん みんなの家紋のはなし
まだ千坂さんの「みんなの家紋のはなし」がありません。

 

※名字の順位・人数は2026年04月時点の政府発表統計および全国電話帳データを元にルーツ製作委員会が独自に算出したものです。
※名字由来netは政府発表統計や独自調査により得られたデータから、日々変化する日本人の名字の人数を日本で唯一算出しております。
※名字の推計人数は四捨五入して掲載しているため、各都道府県の合計人数と全国人数は一致しない場合があります。また、推計人数が少ない名字につきましては、一律「およそ10人」としています。
※名字のローマ字読みにつきましては、「ヘボン式」の表記を採用しております。
※名字の専門企業が算出している日本唯一の名字オリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

※解説欄に「詳細不明」等と記載されている場合でも、「読み」や「有名人情報」が更新された際「新着・更新」名字欄に掲載されます。

※名字の情報を欲しい方は「情報求む」ボタンを押してください。「情報求む」欄には最新10件のみ表示されますので、定期的に確認いただき更新されることをお勧めします。
名字について詳しい情報をお持ちの方は、「名字の情報を送る」より名字の情報をお書きのうえ、送信ください。お送りいただいた情報はルーツ製作委員会にて精査し、名字の解説として掲載させていただくことがあります。

名字検索

次に検索したい名字を入力してください。

*
 

最近検索された名字

馬屋原  楢木  佐々木  松山  湧川  髙橋  廿楽  満生    深梅  山城  齋子  財田  蛭川  山縣    玉﨑  大近  上門  石井田  西口  三苫  釋迦戸  川代  馬場    一坪  鹿俣  能正  川岬  吉武  都尾  新木  岩嵜  三盃  上玉利  七五三掛  頼木  有井  今城  石井  木藤    徳島  水牧  新里    雲類鷲  橘髙  枅川  佐賀山  飯住  中塚  尺金  願化  槻尾  萬代寺  庭瀬  末上  花谷  樋口  田中  香坂  柳幸  日本  伊喜利  三潴  折田  美原  厚谷  水科  御門  土赤  樋渡    蜷川  夜野  指方  手島  陣之後  染谷  事代堂  西倚  遠部  豊臣      田辺  汐浜  孤塚    阿久津  左右田  小園江    寺村  島名    若海  餘目 

家紋検索

調べたい家紋の名前や戦国武将・大名の名字を入力してください。

 
 

約30万種あるとされる日本人の名字の中で
6月26日最も幸運な名字はこちら
名字別の運勢はこちら

当サイトは多くのユーザー様に広くご自分や身近な方の名字の由来を知って頂くことを目的としておりますので、「情報の流用や加工を目的とした不正なアクセス」「他の文献・サイト等の内容を無断転載する」「不正なIPアドレス」 「同一人物が他人を装い、いくつものアカウントを使用し、不正なアクセスや当サイトに混乱をきたすような行為」「他サイトなどで根拠のない誹謗中傷などが発見された場合」 など左記はごく一部ですが、利用者に混乱をきたすと判断された場合は、データ保護の観点により、アクセス禁止措置、更に迷惑行為と判断し、法的措置を取らせていただく場合がございますので、ご了承ください。
取材等につきましてはこちらからご連絡ください。

名字検索

次に検索したい名字を入力してください。

*