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新見

【読み】にいみ,しんみ,あらみ,あたみ,しんけん
【ローマ字】
【全国順位】 2,515位
【全国人数】 およそ5,500人

由来解説

清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏武田氏流、細川氏流。
徳島藩。
加納藩。
白川藩。
現岡山県西部である備中現岡山県北東部である美作
などにみられる。
「新」は新しいを意味する。

最終更新:2026/01/12 14:37:29  最終更新者:匿名


新見さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
広島県 およそ650人
東京都 およそ620人
徳島県 およそ550人
大阪府 およそ540人
兵庫県 およそ400人
市区町村人数
東京都江戸川区 およそ220人
徳島県板野郡北島町 およそ160人
岡山県倉敷市 およそ150人
愛知県豊田市 およそ140人
徳島県阿波市 およそ130人

新見さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
徳島県 0.07717%
広島県 0.02403%
鳥取県 0.01578%
岡山県 0.01341%
山口県 0.01142%
市区町村比率
北海道余市郡赤井川村 4.03%
鳥取県日野郡江府町 1.034%
徳島県板野郡北島町 0.698%
徳島県板野郡上板町 0.61%
北海道上川郡剣淵町 0.568%
※詳細は地図またはリンクをクリック

新見さん有名人アクセスランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
新見 正路 歴史 新見 正興の養父
新見 政一 1887年 2月 4日 歴史 海軍軍人(中将)、戦史研究家、舞鶴鎮守府司令長官
新見 正信 歴史 徳川 家宣(新見 左近)の養父
新見 正興 1822年 5月 歴史 幕臣・外国奉行。豊前守・伊勢守。
新見 吉治 1874年 10月 9日 研究者 歴史学者、教育学者
新見 錦 1836年 歴史 幕末の水戸藩浪士、新選組(壬生浪士)局長
※上記は直近一週間のアクセス数Top10です。すべての新見さん有名人は以下から確認できます。

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新見さん みんなの名字の由来
新見氏 (にいみし、蔵人所御蔵)は、備中国新見荘を本拠地とした武家。

新見氏は自身を紀氏出身であるとしたが、実際は備中国新見荘の国人領主である新見氏の一族である。室町時代には細川氏被官として、戦国時代には東寺の代官として活動している。

新見氏は在京活動を通じて、蔵人所に入り込み御蔵職を獲得した。また、東寺から新見荘領家方の代官職に補任されている。

文正元年(1466年)には、新見賢直が幕府へ提出されている。それによると、新見氏は承久の乱(1221年)の勲功の賞として、翌年の貞応元年(1222年)に新見資満が地頭職に任じられたのを始まりとして、代を重ねることに在地社会に対する領主的性格を強めていった。

南北朝時代に入ると一貫して北朝方に属し、建武3年(1336年)には新見貞直が地頭職を安堵されている。

応永2年(1395年)には、その数年前に新見荘の代官となっていた新見清直によって在地から年貢の京進が行われている。

しかし年貢が納入されなくなったために同7年(1400年)に代官職を罷免されている。室町時代には細川備中守護家の被官となり在京するようになった。

明応10年(1501年)には細川政賢の口入によって、新見国経が新見荘の西方・領家方の代官職を請け負うようになり、京都での所務は叔父の新見政直が取り仕切った。ただし京都にいた新見富弘と東寺を仲介するなど、京都での活動も確認できる。

国経は「蔵人」という官途名を名乗っており、それは在京していた一族が御蔵職に補任されて蔵人所小舎人の地位を得たことと関連していると考えられる。

国経の子・兵庫助貞経は、新見有弘の子・孫三郎と共に京都で活動しており、永禄元年(1558年)に新見荘地頭職・領家職、万寿荘下司・権田所職、小坂部郷、石蟹郷、神代郷の地頭職を有していた。


御蔵職を獲得した京都の新見氏は分家であり、本家である備中国の一族の出先機関としての役割も持っていた。明応10年(1501年)以降に活動が確認できる新見国経は官途名として蔵人を名乗っているが、これは在京していた一族が御蔵職に補任されて蔵人所小舎人の地位を得たことと関連していると推察できる。

そして、大永7年(1527年)以降は備中守を名乗り在地領主として尼子氏に帰順していることから、備中国の新見氏と在京の新見氏の関係が途切れ、そのことが後述する新見有弘・孫三郎・忠弘の困窮に繋がった。


新見有弘は、天文8年(1539年)に「六条金仏」の同朋である真継新九郎・真継久直親子に借銭を肩替わりしてもらっていた。当時の新見氏は京中に複数の邸宅と多数の人員を有していたものの、有弘の子の孫三郎が大永7年(1527年)に盗人と与したとして斬首されているなど金銭的・社会的に困窮していた。

そのため、天文5年(1536年)に一度実子の新見忠弘に家督を継承させたものの、同8年(1539年)には借銭の代償としてから蔵人所御蔵と鉄公役諸国金屋職の役職を久直に継承させ(と久直は主張しているが実際は久直による譲状捏造の可能性が高い)、同12年(1542年)、後奈良天皇から正式に認められている。

久直が家督を継承した後、本来の当主(総在庁)である忠弘は下京の無縁所に捨てられ歩けなくなり餓死したという。孫三郎の子・富弘は久直が新見氏を乗っ取ったとして訴訟を起こしているが敗訴している。

真継久直が新見氏を乗っ取った理由に新見氏による鋳物師の支配権があったとされるが、新見氏が鋳物師を支配していたのは新見荘から鉄が発掘されていたからであると考えられる。
【投稿日】2026/06/13 18:33:12
【投稿者】匿名さん
菩提寺は牛込願正寺(現在は中野区上高田に所在)。
【投稿日】2026/06/13 18:30:33
【投稿者】匿名さん
新見氏(しんみし)は、日本の氏族。出自は三河国。通字は「正」。新見正吉と、その子正勝が、天正年間に徳川家康の配下となり、幕末までに8家が旗本として存続した。

子孫に、甲府徳川家家老で江戸幕府六代将軍徳川家宣の養父・新見正信、八十翁疇昔物語の著者・新見正朝、長崎奉行や勘定奉行を務めた新見正榮、新見正路日記、新見文書の著者・新見正路、その子で幕末の外国奉行・新見正興、最後の飛騨郡代・新見内膳などがいる。

寛政重修諸家譜によれば、清和源氏の義光流武田支流の流れをくむという。

新見の訓について、はじめ「にいみ」と称していたが、家康の命により「しんみ」と唱えるようになった。

天正2年(1574年)9月、遠江国において新見正吉とその子正勝が、徳川家康配下となり、一族として天正8年(1580年)の田中城攻めに始まり、小牧・長久手の戦い、小田原征伐、関東入国、文禄・慶長の役、関ヶ原の戦い、大坂の陣に従い、軍功を上げた

江戸幕府成立後は徳川家の旗本として各職を勤め、幕末までに8家が存続した。

知行所は、相模国鎌倉郡品濃村(現在の横浜市戸塚区品濃町)、近江国蒲生、滋賀三郡など。

このうち品濃村は、天正9年(1581年)より明治維新に至るまで代々治めた。現在の品濃谷宿公園前に正勝、正路の墓が残る。

【投稿日】2026/06/13 18:30:18
【投稿者】匿名さん
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新見さん みんなの家紋のはなし
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