藤堂
【読み】とうどう,ふじどう,ふじとう
【ローマ字】
【全国順位】
2,339位
【全国人数】
およそ6,100人
由来解説
最終更新:2026/05/22 11:29:03 最終更新者:匿名
藤堂さんの多い地域 TOP5
| 都道府県 | 人数 |
|---|---|
| 大阪府 | およそ700人 |
| 愛媛県 | およそ640人 |
| 広島県 | およそ510人 |
| 兵庫県 | およそ500人 |
| 東京都 | およそ500人 |
| 市区町村 | 人数 |
|---|---|
| 愛媛県宇和島市 | およそ340人 |
| 三重県三重郡菰野町 | およそ100人 |
| 大阪府高槻市 | およそ100人 |
| 滋賀県大津市 | およそ90人 |
| 愛媛県西宇和郡伊方町 | およそ90人 |
藤堂さんの比率が多い地域 TOP5
| 都道府県 | 比率 |
|---|---|
| 愛媛県 | 0.04906% |
| 滋賀県 | 0.02628% |
| 広島県 | 0.01864% |
| 福井県 | 0.01755% |
| 香川県 | 0.01371% |
| 市区町村 | 比率 |
|---|---|
| 滋賀県犬上郡甲良町 | 1.081% |
| 広島県豊田郡大崎上島町 | 1.066% |
| 愛媛県西宇和郡伊方町 | 0.92% |
| 熊本県阿蘇郡南小国町 | 0.69% |
| 高知県吾川郡仁淀川町 | 0.586% |
藤堂さん有名人アクセスランキング TOP10
| 名前 | 生年月日 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 藤堂 高吉 | 1579年 6月 24日 | 歴史 | 武将、伊勢津藩の人物、丹羽長秀三男、名張藤堂家初代 |
| 藤堂 高虎 | 1556年 2月 16日 | 歴史 | 戦国武将、伊予今治藩主、伊勢津藩初代、津藩藤堂宗家初代 |
| 藤堂 高朶 | 1746年 10月 2日 | 歴史 | 伊勢久居藩8代藩主、久居藩藤堂家8代、津藤堂高豊次男 |
| 藤堂 高衡 | 1764年 3月 29日 | 歴史 | 伊勢久居藩10代藩主、久居藩藤堂家10代、津藤堂高周長男 |
| 藤堂 高邁 | 1786年 3月 31日 | 歴史 | 伊勢久居藩13代藩主、久居陣屋主、藤堂高敦五男 |
| 藤堂 高悠 | 1751年 6月 30日 | 歴史 | 伊勢津藩8代藩主、藤堂宗家8代 |
| 藤堂 高英 | 1629年 2月 20日 | 歴史 | 藤堂家一門重臣、藤堂出雲家2代 |
| 藤堂 高堅 | 1650年 3月 16日 | 歴史 | 伊勢久居藩2代藩主、久居藩藤堂家2代、津藤堂高次四男 |
| 藤堂 高陳 | 1701年 9月 28日 | 歴史 | 伊勢久居藩3代藩主、久居藩藤堂家3代 |
| 藤堂 高治 | 1710年 9月 12日 | 歴史 | 伊勢津藩6代藩主、伊勢久居藩4代藩主、藤堂宗家6代 |
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【戦国武将・大名の家紋】
| 藤堂さん みんなの名字の由来 |
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名張陣屋(なばりじんや)は、現在の名張市にあった陣屋である。現在に残る屋敷の一部が「名張藤堂家邸跡」として公開されている。これらの建物は、以前の屋敷が1710年(宝永7年)の名張大火で焼失した後に徐々に再建・増築されたものとみられている。 初代の高吉は、名張の高台の旧領主の筒井氏の家臣邸跡地に陣屋を構え、旧領今治より連れてきた商人、職人も城下に居住させ、名張の町の発展の礎を築いた。当初の屋敷は、3代長源の代の宝永7年(1710年)の名張大火で焼けてしまい、現存するものはその後に再建されたものであり、明治元年にその大部分が破却されたが、一部は居住部分を中心に残っている。上級武士の屋敷として、生活の場の中奥部分が残されていて、全国的に珍しく貴重な存在となっている。県指定史跡に指定されている。 |
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【投稿日】2026/06/24 23:55:41 【投稿者】匿名さん |
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名張藤堂家(なばりとうどうけ)は、藤堂氏支流、武家・士族・華族。 藤堂高虎の養子・藤堂高吉を祖とし、江戸時代には津藩の一門家臣として代々宮内を通称とし、藤堂宮内家とも呼ばれた。維新後には初め士族、後に華族の男爵家に列した。 藤堂高虎は実子に恵まれなかったため、養子として迎えた高吉(丹羽長秀の三男)を後継者にしようと考えていたが、慶長6年(1601年)に高虎に実子・高次が生まれると、その話も消滅する。伊予国今治城主(高虎の城代)となっていた高吉は、寛永7年(1630年)の高虎の死後、実子の高次の家臣として仕えるようになる。 寛永9年(1632年)、松平定房が今治へ移封されることとなったため、伊勢国へ2万石の移封となった。しかしその後、寛永13年(1636年)、高次の命によりさらに伊賀国名張に移封された。次男以下3人に5000石を分知し、15000石となった。高次は高吉の存在を危険視したとされ(幕府に高吉を藤堂本家から独立した大名に取り立てようという動きがあったためといわれる)、名張移封も高吉に対する高次の冷遇の一環であったといわれる。その後、享保年間まで名張藤堂家と本家との対立は続いた。 1734年(享保19年)、藤堂長熙は藩祖・高吉の実家である丹羽家を通して幕府に独立を働きかけ、重臣たちも幕府との交渉のため江戸に向かった。しかし翌1735年(享保20年)に本家の知るところとなり、一触即発の状態になった。最終的に、横田太右衛門・小沢宇右衛門・七条喜兵衛の3名が主君のあずかり知らぬところと主張し、責任を被って切腹した。長熙は隠居を命じられ、長美が跡を継いだ(享保騒動、名張騒動とも)。 以降、本家から2名の横目付が派遣され、常時監視下に置かれるようになった。また、家臣の旅行や他家への使者派遣、あるいは他家からの使者を迎えるに当たっては、必ず本家の上野城代の許可が必要になった。 文化15年(1818年)4月には、名張藤堂家で慣習であった、当主を「殿様」と称することを藩から禁じられている。これらは藤堂長教が津藩本家から室を迎えて以降、徐々に改善するが、同時に遠祖である”丹羽家”色や独立気風も薄れていった。 11代の高節の時に明治維新を迎える。明治15年、明治16年頃の作成を思われる『旧藩壱万石以上家臣家産・職業・貧富取調書』(『三条家文書』所収)は高節について旧禄高1万5000石、所有財産は金禄公債1750円、職業は無職、貧富については「貧なる方」と記している。同時期にはそもそも万石以上陪臣叙爵がまだ行われていなかったので名張藤堂家も士族にとどまっていた。そのうち経済状況が改善したとみられ、明治39年に藤堂高成の代に男爵に叙されている。 昭和前期に名張藤堂男爵家の邸宅は東京市中野区小滝町にあった。子孫は現在も東京に在住する。歴代の墓所は、名張の徳蓮院にある。 |
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【投稿日】2026/06/24 23:55:26 【投稿者】匿名さん |
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愛媛県宇和島市に大多数。三重県、滋賀県にも多い。近江国犬上郡藤堂村(滋賀県)発祥。八幡神社の藤が由来。藤堂高虎が伊賀、伊勢(三重県)を本拠地にしていた事も由来。藤堂(とうどう)、(ふじどう)などもある。 |
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【投稿日】2026/04/17 19:35:38 【投稿者】黒血さん |
| みんなの名字の由来 投稿 |
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| 藤堂さん みんなの家紋のはなし | |
|---|---|
![]() 丸に橘 |
【都道府県】北海道 先祖は明智光秀の重臣の斎藤利三。本能寺の変後、幼児を九州の隠れ里に逃し、そこで匿われた子が名を藤堂と改め代々続いたと聞いています。橘紋は明智の替紋でもあるようです。
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| 【投稿日】2024/02/25 18:33:56 【投稿者】Junnaさん | |
※名字の順位・人数は2026年04月時点の政府発表統計および全国電話帳データを元にルーツ製作委員会が独自に算出したものです。
※名字由来netは政府発表統計や独自調査により得られたデータから、日々変化する日本人の名字の人数を日本で唯一算出しております。
※名字の推計人数は四捨五入して掲載しているため、各都道府県の合計人数と全国人数は一致しない場合があります。また、推計人数が少ない名字につきましては、一律「およそ10人」としています。
※名字のローマ字読みにつきましては、「ヘボン式」の表記を採用しております。
※名字の専門企業が算出している日本唯一の名字オリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。
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