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土屋

【読み】つちや,ひじや,つつや,とや,どや
【ローマ字】
【全国順位】 126位
【全国人数】 およそ145,000人

由来解説

①現神奈川県である相模国大住土屋村が起源(ルーツ)である、桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏(桓武平氏)。
江戸時代の大名家のひとつ土屋家は清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)。
③ほか小笠原氏族、安倍氏族佐々木氏流、名和氏族など様々な流派があるといわれる。
④異体字である(土+、)を使うツチヤ氏もこれと祖を伴にする。

静岡県長野県に多い。
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最終更新:2026/04/06 10:48:49  最終更新者:匿名


土屋さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
東京都 およそ23,000人
静岡県 およそ20,800人
神奈川県 およそ15,500人
千葉県 およそ15,200人
長野県 およそ10,900人
市区町村人数
静岡県下田市 およそ3,400人
長野県佐久市 およそ2,100人
静岡県沼津市 およそ2,000人
千葉県山武市 およそ1,700人
長野県小諸市 およそ1,600人

土屋さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
静岡県 0.58945%
長野県 0.54379%
山梨県 0.38118%
山形県 0.27099%
千葉県 0.24772%
市区町村比率
静岡県下田市 15.146%
静岡県賀茂郡河津町 10.692%
東京都西多摩郡檜原村 8.056%
長野県北佐久郡軽井沢町 8.046%
静岡県賀茂郡松崎町 7.692%
※詳細は地図またはリンクをクリック

土屋さん有名人アクセスランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
土屋 寿直 1761年 6月 24日 歴史 常陸土浦藩5代藩主
土屋 慧 1992年 12月 10日 芸能人 お笑い 孫ダッシュ 土屋の本名
土屋 圭市 1956年 1月 30日 スポーツ選手 レーシングドライバー
土屋 シオン 1992年 8月 7日 芸能人 俳優
土屋 泰直 1768年 4月 29日 歴史 常陸土浦藩6代藩主、土屋篤直次男
土屋 挙直 1852年 10月 31日 歴史 常陸土浦藩11代藩主、藩知事、子爵土浦土屋家初代、水戸徳川斉昭十七男
土屋 由岐雄 1904年 6月 10日 文学者 土家由岐雄
土屋 裕一 1979年 2月 6日 芸能人
土屋 アンナ 1984年 3月 11日 芸能人
土屋 嘉男 1927年 5月 18日 芸能人
※上記は直近一週間のアクセス数Top10です。すべての土屋さん有名人は以下から確認できます。

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【戦国武将・大名の家紋】


九曜
土屋さん みんなの名字の由来
甲斐国では、戦国時代以前から土屋氏の痕跡が見られる。

『甲斐国志』によれば、現在の甲斐市島上条字大庭に志摩荘の地頭である土屋氏の居館が存在した伝承があったという。

志摩荘は鎌倉時代初期には立荘されていた荘園で、戦国時代には同荘を灌漑する上条堰が開削された。


島上条村続には土屋氏居館のほか、甲斐守護・武田信重が奉納した嘉吉3年(1443年)12月晦日の年記を持つ鰐口(わにぐち)が伝わる八幡神社が所在している(鰐口は現在、南巨摩郡富士川町の最勝寺 所蔵)。


『甲斐国志』によれば同社には川除神事が伝えられており、守護武田氏や土屋氏の崇拝を受けていた神社であると考えられている。



戦国時代の甲斐土屋氏は甲府盆地西部の西郡を本領とし、南アルプス市徳永に居館が所在していたと言われる。金丸氏と同族。金丸氏居館跡には土塁の一部が現存している。戦国時代後期には武田家臣・金丸筑前守(虎義)の次男昌続(昌次、右衛門尉)が当主武田晴信(信玄)の近習として仕える。昌続は土屋氏の名跡を継承し、原昌胤らと信玄・勝頼期の側近・奉行人として仕えた。

また、武田氏海賊衆の土屋貞綱は元は岡部姓であったが土屋姓の名乗りを許され、昌続実弟である昌恒を養子としている。昌続・貞綱は天正3年(1575年)の長篠の戦いにおいて戦死し、昌恒は兄・昌続・養父貞綱双方の家臣を継承している。昌恒は天正10年(1582年)3月11日に、織田・徳川連合軍の甲斐侵攻に際して勝頼に従い戦死。

『寛政重修諸家譜』によれば、まだ幼少であった昌恒の子・忠直は母とともに脱出したという。天正10年(1582年)6月の本能寺の変後に天正壬午の乱を経て甲斐国は徳川家康が領した。武田遺臣が家康に提出した天正壬午起請文では土屋氏の同心70名が井伊直政に付属していることが確認される。


『寛永諸家系図伝』『寛政譜』によれば、土屋忠直は家康の側室である阿茶局により養育され、慶長7年(1602年)に上総国久留里藩主となる。

宗家である久留里藩主家は改易されて旗本になる(『忠臣蔵』において吉良義央邸の隣人として登場する旗本「土屋主税」は同家の土屋逵直のことである)が、分家の土浦藩主家は老中土屋政直を輩出するなど大名家の格式を守って明治維新に至る。

維新後、最期の土浦藩主土屋挙直は1869年(明治2年)の版籍奉還で知藩事に転じ、1871年(明治4年)の廃藩置県まで務めた。1884年(明治17年)に華族令施行と共に子爵家に列する。土屋正直子爵は東宮御学問所御用掛・東宮侍従などを歴任した後、三ツ輪銀行頭取を務めた。その一人息子土屋秀直は慶應義塾大学の学生であったが剣岳登山中に雪崩に遭遇して落命する(剱沢小屋雪崩事故)。代わって養子として家督を継いだ土屋尹直子爵は三井物産を経て、養父と同じく三ツ輪銀行頭取を務め、その後は式部官兼主猟官・兼内大臣秘書官・貴族院議員を歴任した。土屋子爵家の邸宅は東京府東京市中野区本町通にあった。
【投稿日】2026/06/24 21:24:01
【投稿者】匿名さん
土屋氏(つちやうじ、つちやし)は、武家・華族だった日本の氏族のひとつ。

桓武平氏の流れを汲む相模国西部の雄族だった中村氏分流である土屋宗遠が、領地の土屋を家名にしたことに始まる。戦国時代には武田氏家臣だった。江戸時代に土浦藩主だった土屋家が廃藩置県まで大名として残り、華族令施行後に子爵家。

土屋氏は坂東八平氏であった相模国中村荘司村岡宗平の子、土屋宗遠が相模国中村荘において土屋郷司についたことに由来する。

鎌倉時代には、出雲国持田荘や出雲国大東荘、河内国茨田郡伊香賀郷の地頭を任官し各地に勢力を伸張する。

室町時代初期には土屋景遠の時に相模国本領を奪われ、他国に追われたという。

土屋勝遠は甲斐国守護・武田信昌の娘を娶り、子の土屋信遠は武田家臣となったという。信遠の子、土屋昌遠は駿河国大平郷に移り住んで武田家中を離れる。
【投稿日】2026/06/24 21:22:31
【投稿者】匿名さん
奈良時代以前に現地には昔からのアイヌ語の呼び名や地名語源があったと思いますが、奈良時代以降に私有化して地名登録申請をした田中氏はアイヌ語の音に合わせ先祖の字を当てはめたりしますが形状から地名にすることは極めて少なく昔の語源を引き継いでいないことが多いです。誰に分与した土地か分かるように名札代わりに地名をつけています。土屋は田中と土師氏の縁組みにより奈良から平安時代に作られた地名です。田中氏は全国あちこちに土屋の地名をつけています。各地で子孫が土屋を名乗っています。 平塚については田中氏の子孫平真砂子の墓を作ったため平塚になったとされていますが桓武平氏の平、土師氏の土、大伴家持の家の組み合わせでもあり、田中子孫の平氏と田中が縁組みした土師氏と大伴家持を地名に含ませています。田中の娘中臣豊子の曾孫が平高望と真砂子です。高望の子孫の平宗平も先祖のつけた地名の中村を名乗りました。田中の子孫は源平になり、みな同じ名字でややこしいため赴任した先祖地の地名を名乗りオリジナリティを出しています。中村一族は田中子孫のため先祖地へ赴任して土屋に住んで土屋姓に改名したのだと思います。田中氏の子孫の源平の多くが先祖地に赴任して現地の身内と縁組みして地名を名乗っています。
【投稿日】2025/08/08 17:33:48
【投稿者】妹子と天武天皇と坂上と鎌足の子孫・小町さん
土屋姓の発祥地の一つである神奈川県平塚市土屋(旧大住郡土屋村)は、土屋姓が生まれる前からある地名です。平塚市にある土屋公民館には、「土屋三郎宗遠公とその後の土屋氏」(土屋三郎宗遠公遺跡保存会)という書籍があるのですが、そこに土屋という地の語源が載っています。その書籍によると、土屋はかつて、分水嶺(小高い丘陵地によって雨水が周囲に流れる地形)という地であり、アイヌ語でトリチューと言われていました。それがアイヌ人が去った後いつのまにか、つちやという呼び名に変わり土屋になったそうです。
つまり時系列でいうと、『アイヌ人がトリチューという地をつける→アイヌ人が去ったのちに土屋という呼び名に変わる→中村宗遠がこの地を支配し土屋と名乗る→全国に広がる』といったことになります。
【投稿日】2025/08/08 00:16:56
【投稿者】つーさん
聖徳太子一族で、天武天皇の子孫である田中氏が奈良時代に開墾した土地につけた地名で、そこに住んだ子孫や家臣など関係者が名乗っていると思います。 田中氏と共通先祖を持つ土師氏の土、田中氏の先祖であり天武天皇の孫でもある長屋王の屋を組み合わせたものが土屋です。 土師氏は菅原氏の先祖です。 田中氏が子孫を菅原氏の子孫に嫁がせ菅原孝標女が生まれています。 土屋は両家の共有地として縁組みの子孫を住まわせたと思われます。
【投稿日】2025/06/10 19:40:49
【投稿者】妹子と天武天皇と坂上と鎌足の子孫・小町さん
広島県福山市や三次にもいます
【投稿日】2024/08/12 18:52:58
【投稿者】紅の 豚さん
山形県出身の人さん 私の苗字も④の異体字で神奈川県に住んでいます。私の土屋は、土の右上に「、」がある異体字です。 祖父の想像ですが、土屋だと字画が悪い為、「土に、」を付けたのではないかと言っていました。はっきりとした由来が分からないみたいです。 「、」の無い土屋はよくありますが、「、」のつく土屋が私の家以外にいることに驚きました。
【投稿日】2022/02/22 03:08:01
【投稿者】苗字に異体字が入ってる人さん
「つちや」と読む人が多い。

「ひじや」と読む人は岡山県に多い。

岡山県には「小童谷」と書く「ひじや」さんもいる。
【投稿日】2022/01/02 11:34:15
【投稿者】ちば子さん
さつほろさん、本当に実在しますよ。
【投稿日】2021/08/15 14:04:13
【投稿者】どいどさん
「つつや、どや、とや」に関しては本当に実在するのでしょうか?
【投稿日】2021/08/11 17:19:35
【投稿者】さつほろさん
「つちや」「どや」と読む人を聞いた事があります。 「つちや」と読む人が多数。 広島県と岡山県では「ひじや」「つつや」と読む人が多い。
【投稿日】2021/08/11 10:19:36
【投稿者】どいどさん
私の両親は④の異体字で山形県に住んでいます。聞いた話によるとご先祖様が字が汚く、読み間違えられて異体字が生まれたとのことです。 現在祖先となる私は生きにくいだろうということから普通の土屋に申請して変更されたため、私の家以外異体字があるかは分かりませんが、もうすぐ無くなるかもしれません。
【投稿日】2021/06/13 02:11:44
【投稿者】山形県出身の人さん
[ひじや]と読む人は全体の僅か0.1%という数値がでており、この通り計算すると全国の土屋姓のうち「ひじや」と読むのは約150人ほどだと考えられる。
【投稿日】2021/06/12 02:20:12
【投稿者】つーさん
僕は三重県多気郡明和町出身です。
【投稿日】2020/04/21 11:21:52
【投稿者】まさみさん
丹羽基二氏によると、かつて存在していた「つちや」と読む苗字は、現在実在しているのを除き、
調舎、槌舎、土舎、土八、土尾、土弥、土揶、坡屋、(別のサイトで鎚屋)
という苗字が実在していたらしい。
【投稿日】2017/02/24 00:27:29
【投稿者】つーさん
読み方 ひじや
岡山県で多数確認できる
【投稿日】2016/11/15 22:01:41
【投稿者】つーさん
みんなの名字の由来 投稿
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土屋さん みんなの家紋のはなし


細輪に三つ石
【都道府県】長野県

軽井沢町追分宿で 脇本陣をしていたのが祖先と言われている

【投稿日】2019/06/22 10:34:35 【投稿者】ニコさん

丸に三ツ石
【都道府県】新潟県

土屋
丸に三ツ石
言い伝えは知りませんが、祖父の紋付袴、また墓石にも普通に使われています。

【投稿日】2018/11/19 00:36:50 【投稿者】仁月克彦さん

 

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